kitunemaskの日記

2019年2月に移らされました。稀に更新してます。

日々の徒然377

やっぱり三週間ぶりくらい?
もうちょっと早い?
まだまだ忙しいよね。


あと、最近また新しいボドゲ買った。
ワイナリーの四季と、拡張版のトスカーナ
どうもボドゲってあんまり再販とかされないみたいなんで、
弾のあるうちに買っとかないとね。
ってなことで、ここんとこどっぷりさんです。
はい。


そういえば、昨日久しぶりに本屋に行ったらFSSの14巻が出てた。
さっくり拾ってきたけど、まだ読んでない。
ってか、まだ単行本出るんだねぇ。
終わったかと思ってたヽ(´ー`)ノ
・・・ひどい"(-""-)"



てなことで、ここんところちょっと田舎と都会の格差について
センセーショナルに指摘した記事を見つけたんで、感想を書いてみた。
相変わらずだらだら書いてるんで、時間と興味のある人だけどうぞ。






「底辺校」出身の田舎者が、東大に入って絶望した理由
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180425-00055353-gendaibiz-bus_all


こういう記事を読んだ。
まぁ、斯く言う自分もド田舎出身で親は教育熱心だったとは言い難く、
田舎の人たちも、大学行くなんてのはまさに先は博士か大臣かって
くらいの雰囲気の中で育ったわけで。


もちろん本屋なんてのはまるでなく、コンビニなんてまぁ、時代も結構
前だけどまるっきり無くって、現在でも最寄りのコンビニまで車で20分以上。
最寄りの駅は車で30分だし、そこまでのバスも一日6往復。片道45分てな
有様で、まぁ陸の孤島というか、ハイランドって感じ?ふふん。
ハイランダーって響き、いいよね。
ドラゴンライダーに迫るくらいだよね。


そんな中から、ひょこっと大都会(だよね?)の大学に行ったわけだけど、
まぁ確かに、田舎は情報が少ない。
少ないと言うより、まさに、筆者の言うとおりの「想像力が働かせられない」状態。
そもそも知らないことを想像なんて出来るわけも無いんだから、至極当然の
結論なんだけど、こういう表現で見聞きしたのは初めてかなと。


とはいえ、だからといって子供は都会で文化(的なもの)に触れて育つ方が
いいとはまるで考えていないわけで。
自分の経験だけに鑑みて言うと、都会で育ってしまうと田舎の生活を経験できない。
・・・当たり前やんけ。って話だけど、都会の生活は便利で魅力的で刺激に
溢れてるんで、大人になってからでもどっぷりはまれる。
一言で言うと、楽だからね。


逆に、田舎暮らしは楽じゃない。
のんびりしてることは良いことだ!という人は多いかも知れないけど、それは
ホントに経験したのかそれとも想像で言ってるのか。楽と表現するけど、楽な
都会に慣れ親しんだ後に、ホントに田舎での暮らしを経験してそう言ってるのか
たまに考えてしまうことがある。


不便な生活。コンビニなんて無いよ?
こゆい人間関係。自治会も消防団も必須ですよ?
土日なんて村の会合で寝てられませんが?


そんな暮らしは子供の内に経験しておいて、学生になってから都会の
暮らしに慣れるのが良いんじゃないかなと。
子供の内なら、田舎の良い部分だけを享受できるしね。
ま、作者の主張するこの記事の内容からは外れた部分での見解だけどね。
ただ、ずっと田舎に暮らしてると考えが固まってしまって頭が固くなる
気がするんで、ある程度の時期には都会に出てたくさんの人と出会って
考えとかを広めることは絶対に必要だけど。


その上で、田舎にいながら、虫と遊びながらのっぱらを駆けながら、
勉強の好きなヤツやらえらく賢いヤツはちゃんと勉強できて、それなりの
情報を得られる環境っての?
そういう環境があれば、自分は田舎が最強だと思うけどね。


・・・ガキの頃から美術館で教養をつける?
大自然の草木やら虫やらを観察してれば、美的感覚は自然につくよ?
その上で、絵画でも鑑賞すればより良いんじゃない?
まぁ、画家の名前とか技法には縁遠くなるだろうけどね。


音楽だって、都会の騒音雑音の中で日々鼓膜をすり減らしながら生きてるより
川の流れる音とか鳥の鳴き声とか雨の音とか雪が降った朝の静けさとか
虫の音とかそういったモノを聞いて育つ方がいいだろうし、
食い物だって、濃い味の野菜を食って育つ方が良いに決まってる。


田舎に必要なのは、情報を伝達する人間なんじゃないかな。
そういう意味では、学校の先生なんてより重要なんじゃないだろうか。
ある意味、親も教育しないといけないからね。


まぁ、あまりにのんびり生きすぎてて競争に弱いかも知れんけど。
田舎もんって。
でも、それも鍛えようと思えば鍛えられるでしょ。
後天的なもんだと思うし。


筆者さんは若かりし頃に酷い経験をして、それが昂じてか分量の制限か
田舎の良いところを書いてないみたいだけど、都会で育てればオッケー
的な考え方は短絡的じゃないかなと、思うのです。


田舎には田舎の、都会には都会の良いところがあって、それぞれの悪い
ところをお互いの良いところでカバーできる方法を考えるに当たって、
こういった記事は、良い視点の記事じゃないかと思う。


田舎の小学校から国立大学へ進む子供が極端に少ないとかってのは
どう考えてもなんらかの生活環境的影響が有るとしか思えないもんね。
そこん所を明文化したこの作者はエライと思うねぇ。









とか書いてると、どうやらかなりの数の反響があったらしく、続編が出た。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/55505


いやまぁ、いろんな意見があるでしょ。
ってな感じなんだけど、相当数の意見の中には作者さんの思うところを
刺激するモノもあったらしく、結構熱く語られてます。


・・・いやぁ、結構ホントに底辺的な感じの幼少期ですね。
タイトルに偽り無しって感じです。


ってもまぁ、結局のところ言いたいことははっきりしてて、地域間の
情報格差が激しすぎて、その格差ってのが「情報が手に入らない」どころの
話じゃなくって、「そんな情報が有ることすら知らないので、手に
入れようとも思いつかないかどうか」ってレベル。


まぁ、例えば宇宙に興味のない人が、まぁビッグバンって単語くらいは
聞いたこと有るかも知れないけど、「ビッグバンの直後にどうなってたか」
とか、「100億分の1秒後の世界」とか、そういう情報を手に入れようとは
思わないと言うよりも、そういう情報があることすら判らない。
ってレベルの格差が、生活する上で必須に近い情報を舞台に展開されてる
ってことについて作者は熱弁してるわけなんだけど、イマイチ伝わって
なかったって感じらしい。


まぁね、そういう状態を想像できるってのは、なかなか無いと思うけど。
でも、そういう状態を想像できない現状が問題だ!って主張ね。
・・・難しいよね。
このあたり、作者が言ってることがそのままで、とある環境に浸かって
しまうと、その環境が贅沢だとか思わなくなるし、それ以外の環境を
想像できないっていうか有って当たり前で無いのはおかしいと思うように
なるとか、そういうの。


うちでも前回書いたけど、都会に暮らしてるとそれが普通(=楽)になって
田舎でも同じ暮らしが出来て当たり前とか思ってしまうとか、田舎でも
都会と同じ暮らしが出来ないのは、自己責任だとか、そういうの。


でもね、都会の暮らしを田舎に持ち込むと、余計に苦労するよ?
もちろん、田舎と同じ暮らしを都会に持ち込むと、同じく苦労する。
・・・そういうことを想像できないのは良くないよね。


っと、だらだら書いたけど、結局のところ想像力の欠如から心ない感想を
ネットに吐き出されたもんだから、それを受けちゃったのかなーとか。


でもま、自分の結論としては、前回書いたのと同じで、田舎から国立大学に
進むヤツが都会に比べて極端に少ないってのは、作者の言うような生活環境的
影響が有るんじゃないかなーとは思うし、その影響を減らすようにするには
学校の先生に依るところも大きいんじゃないかなとは思う。
んだけど、自分たちがガキだった頃と比べて、今は全然マシになって
きてる気がするんで、まぁ、ほっといてもそのうち都会も田舎も均質化
していくんじゃないかなとは、思う。


・・・それじゃ今の子が救われない!って怒られるんだろうけど、そもそも
勉強できるヤツが大学に行くことだけが幸せなのかって言うのは個人それぞれの
問題なんじゃ・・・いや、そう言うことを主張してるんじゃなくて、大学に
行くか行かないかの選択肢を与えられることが必要で、行くか行かないかは
それこそ個人の問題。ってことだよね?


うーん。やっぱり「伝える人」が必要だよね。
国家的システマチックに考えると小学校の先生がその役割を担うんだろうけど、
まぁ、そんなことがシステム化される頃には、自分が言うように均質化してて
そのシステム(伝える人システム)が必要なくなって来るだろうから、
まぁ、即効性を求めるのなら個人で伝道師をやるとか、なんかそういった
団体を立ち上げて、田舎に伝えに行く(こういう情報もあるんだよ)とか
するのが手っ取り早いと思うけど、まぁねー。ってところかな。


前にも書いたけど、田舎にそう言う情報を必要とするニーズが無いかも
知れないし、そう言うニーズのない田舎で育ったっぽい作者だろうから
既に思ってるかも知れないけど、もしかしたら、悪い言い方だけど
単なるお節介にしかならないかも知れないしね。


逆の見方をすると、田舎から大学生を出す。では無くって、大学っていうか
国が田舎の子供を発掘する。ってシステムが発動するかも知れん。・・・かも。
例えば、明治維新の前くらいなら、田舎で燻ってた賢い子供が国を変えていった
とか、有りそうだし(後藤象二郎とかそんなんじゃないの?知らんけど。)、
そう言ったときの為に田舎でも勉強が出来る子供は居た方が良いだろうけど、
でも、結局田舎で勉強の出来る子供は平時は光が当たらない構造だよね。


・・・と、ここまで書いて思ったんだけど、いざというときに田舎にストックが
あって、偶然にでも人材が出てくる可能性を残しておく状態と、平時から人材を
刈り尽くしてストックがない状態とだったら、実は前者の方が良かったり
しない?
・・・だめ?
いや、いざって時が有るかどうかはわからんけどね。








いやー、この話題、消えませんねぇ。
こんな記事が出た。
田舎から東大入って絶望した彼に北海道の単科大学教授が伝えたいこと
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180510-00055589-gendaibiz-bus_all&p=1



この記事を書いた人は、北海道から奈良に出てきたらしい。
・・・でも、奈良は(奈良も?)田舎だったらしい。
でも、北海道の地元に比べればマシだったらしい。
・・・。
奈良なんて、そうだよね。
おらぁ、そんな奈良のど田舎で育ったんだけどね。


ま、それは良いとして。
結局のところ、この人の言ってることは、こないだ自分が書いたことと
ほぼ同じなんじゃないかとおもったってことで。
田舎の先生が、児童や生徒、学生なりに教えてあげるしかないんですよ。
大学ってのがあってとか、どんなことやってて、とか。


ただ、そんな肩肘張って教えなくても、例えば理科やら数学なら、
これ以上(中学やらで教えられる範囲以上)の現象を扱ったり、
もっとすごい計算をしたければ、大学で勉強してね。
くらいを言っていれば、学習意欲のある子供なら興味を抱くだろうし。


そう言う意味では、教科書に載せる内容を、その時点で完結できる
内容だけじゃなくって、これ以上の世界もあるけどそれは今後の
ことですよ。的なモノにまで広げておけば、少しはマシになるのか?
そもそも、中学生はここまで知ってればいいんだよ。的な教科書は
やっぱりどうかと思いますけどね。
今は関係ないですが。


実際、高校までの教科書と大学入ってからの教科書に書いてる内容って
ほんとに違って、まるっきり理解できなかったもんね。
電磁気学とかまっくすうぇるほうていしき?ろーてーしょん?
・・・え?授業出てないじゃん?
まーまーまー、まーまーまーまー。
高速ナブラって必殺技は知ってますけど、何か?



ま、そう言った、地味で効果の程も判らなくって意味があるのか
無いのかと問われかねないことでも、やらないよりもマシだろうし、
やる方がいいでしょ?
国やらなんやらが動いたりしても、あまり良いこと無いと思うよ。
・・・多分。
お上の意志による介入があるからね。予算付けたりするとさ。
子供の意志とか能力とかは、やっぱり脇に置かれるだろうさ。


あとはやっぱり親だよね。
田舎だと周りに居る人(ご近所さんとかね)が大学に興味なかったり
知らなかったりするもんだから、自分(親ね)も興味が湧かなくなって
結果、子供が望んでも親がやめさせるなんてのは、学校に限らず
良くある話で、経済的な話しももちろんあるだろうけど、こういった
精神的だったり知識的な部分も往々にして有るでしょ。


・・・逆に、都会に住んでると、できの悪いというと語弊があるけど、
必ずしも学校の勉強が得意ではない子供にもとりあえず大学に
行かせないと駄目な気がしたりするのかも知れんけどね。
まぁ、どっちもどっちって感じですけど。


なんにしろ、筆者達の言う「格差」を解消するためには、親の教育とか
説得とかいうことも必要だろうから、先生は大変だよね。



そんで、やっぱり最初の記事の筆者自身が、地元なり救われなさそうな
田舎なりで活動するしか、筆者の思いを解決する手段は無いんじゃないかな。
・・・まぁ、筆者は問題を提起したかっただけかもしれんけどね。


ともあれ、これでこの一連の記事の流れは終わるかなって感じ。
面白かったねぇ。
ただ、自分みたいに有事に備えてのバックアップ的な意見は、コメント欄を
ちょろっと見ても無かったねぇ。
・・・駄目なんですかね?
常に100%ってのは、有事に120%出せる保証がないと、脆いと思いますが。
一般的に。
もの作ったりしてるときの安全係数とか、そういう話じゃないのかな?
いや、どっちかって言うと安全係数にも含まれない、粘り的な何か?
ま、いいけどね。